つわりがおさまってようやく安定期に入ったと思ったら今度は「胸焼けが始まってつらい」という症状を訴える妊婦さんも少なくありません。「これって、つわりがぶり返したの?」「放っておいても大丈夫なの?」と気になるところです。産婦人科医の楠木総司先生に妊娠中期の胸焼けについて教えていただきました。
妊娠中期に起こる胸焼けの症状
多くの妊婦さんは、妊娠中期(16週〜)になるとつわりがおさまります。この時期は、胎盤の形成がほぼ完成し、いわゆる「安定期」とされています。
ところが妊婦さんによっては、妊娠中期になっても「つわりが全然おさまらない」「つわりが悪化した気がする」などと訴えるケースがあります。詳しく聞いてみると、「胃が圧迫される感じ」や「食後に胸焼けがする」といったつわりと同じような不快感であったり、「横になると吐き気が強くなる」といった症状であったりします。
ほかにも、妊娠中期以降の胸焼けに悩む妊婦さんたちから多く聞かれる声として、「ひんぱんにゲップが出る」「食間も胃がもたれたような感じがおさまらない」「みぞおちのあたりがスッキリしない」などがあります。
つわりがおさまる時期には個人差があるため、妊娠中期に入ってからの胸焼けを一概に「つわりではない」と断定はできません。
けれども、先ほどあげたような症状を訴える妊婦さんたちの話をさらによく聞いてみると、「つわりがいったん落ち着いたと思ったのに、しばらく経ってまたムカムカするようになった」「前は空腹になると吐き気がしていたけど、近頃は常にお腹いっぱいな感じがする」などのように、つわり期の症状とは変化していることがわかります。
妊娠中期に胸焼けが起こる原因は?
妊娠中期に胸焼けが起こる原因のひとつは、おなかの赤ちゃんが成長していることにあります。
妊娠中期は、胎児の成長に伴って子宮もどんどん大きくなる時期です。子宮底が妊婦さんのへそのあたりに達するくらいの大きさになって、おなかのふくらみが目立ち始めます。それに伴って、次第に胃が圧迫されるようになるために胸焼けが起こるのです。
もうひとつ考えられるのが、「黄体ホルモン(プロゲステロン)」の影響です。黄体ホルモンには、子宮内膜や子宮筋の働きを調節して赤ちゃんが育ちやすい環境を整えるほかにも、乳腺を発達させる、体内の水分量をキープする、食欲増進、基礎体温を上昇させるなどの働きがあって、妊娠を維持するうえでとても重要な役割を果たしています。その一方で、イライラや憂鬱、眠気などを引き起こすほか、胃腸の働きにも影響を及ぼします。人によってはその影響が強く出て、消化不良が起きやすくなります。
黄体ホルモンは、妊娠中期以降になると胎盤からも分泌されるようになります。その影響もあって、胸焼けをはじめ、胃がもたれる、胃痛、食欲不振、下痢や便秘など胃腸の不快症状が妊娠中期以降に出やすくなると考えられています。
ところで、逆流性食道炎をご存知でしょうか? 逆流性食道炎とは、胃酸を含む胃の内容物が食道へと逆流することによって、食道が傷つけられ炎症が起こってしまう疾患です。
実は、妊娠中は逆流性食道炎を発症しやすい時期でもあります。それは、大きくなった子宮が胃を押し上げると胃酸が逆流しやすくなるうえに、黄体ホルモンによって消化不良が引き起こされやすくなるためです。食べたものがなかなか消化されずにいると、頑張って消化を助けようと胃酸の分泌量も増えるので、ますます逆流しやすくなるというわけです。
妊娠中期の胸焼け、対処法は?
妊娠中期に胸焼けが起こるのは、赤ちゃんが順調に成長している証でもあります。あまりネガティブにとらえず、食事や行動パターンを見直しながら乗り切りましょう。
不快症状を少しでも軽くするための対処法をいくつか紹介しますので、自分の生活パターンに合いそうなものを試してみてください。
食事パターンによる対処法
・消化の良いものを食べる
・量を減らして回数を増やす
・食べ過ぎない
・ガムやキャンディで唾液の分泌を促し、消化を助ける
・就寝前は食事を控える
一度にたくさん食べると、胃腸に負担がかかります。かといって、空腹時は胃酸の分泌が増えてしまいますので、1日の摂取量を5、6回に分けて食べるようにすると良いでしょう。
気をつけたい食品
・糖分の高いもの
・脂質の高いもの
・カフェインが入った飲み物
・スパイスなど刺激の強いもの
・柑橘類
・アルコール
これらの食べ物は胸焼けを誘発しやすく、逆流性食道炎の症状を促進させる原因にもなりますので、なるべく控えるか摂り過ぎに注意してください。つわりの時と同様、脂っこいものや甘いもの、塩分の高いもの、刺激物を避け、胃腸の負担を軽減しましょう。
生活面での対処法
・横になるときは枕を高めにして、胃酸の逆流を防ぐ
・胸や腹部を締め付けない服の着用
・食後すぐ横にならない
おなかが大きくなってくる妊娠中期以降は、仰向けで寝るのがだんだんつらくなってきます。そんなときは、左右どちらでも楽な方を下にして横になり、上の脚を曲げて前に出す「シムス位」がおすすめです。
妊娠中期に起こる胸焼けの注意点
妊娠中期の胸焼けは、出産後に解消されるケースがほとんどなので、それほど心配しすぎなくても良いでしょう。
胸焼けを伴う病気、考えられるものは?
ただし場合によっては、胸焼けや胃のもたれ、吐き気などが危険な病気のサインである可能性も考えられますので注意してください。特に気をつけたいのが、次にあげる「妊娠高血圧症候群」と「HELLP(ヘルプ)症候群」です。
妊娠高血圧症候群妊娠時に高血圧になった場合を「妊娠高血圧症候群」といいます。
症状が悪化すると心臓や血管に負担がかかってトラブルを招きます。初期段階では自覚症状をほとんど感じられないため、検診の際のチェックで指摘され、初めて気づくケースも少なくありません。
放っておくと、ママだけでなく、お腹の赤ちゃんの発育が悪くなるなど、どちらにも影響が出てきますので、注意したいものです。
血圧の上昇に伴って頭痛や耳鳴り、吐き気、みぞおちのあたりに痛みがある、目がチカチカする、むくみなど、少しでも異変を感じた場合はすぐに受診してください。
HELLP(ヘルプ)症候群HELLP症候群とは、Hemolytic anemia(溶血:赤血球が壊れること)、Elevated Liver enzymes(肝機能障害)、Low Platelet count(血小板数低下)の3つがあらわれる危険な状態で、母子の命に危険が及ぶこともある疾患です。
みぞおちのあたりの痛み、吐き気や嘔吐などの諸症状に加えて、発熱や倦怠感などを伴う場合もあります。初期段階では風邪程度の体調不良と勘違いしやすいのですが、受診が遅れると重症化して危険ですので注意しましょう。
「妊娠高血圧症候群」と「HELLP症候群」は、いずれも高血圧が関係する疾患です。元々血圧の高い人はもちろんのこと、高血圧とは無縁だった人でも妊娠をきっかけに変化する場合があります。食事をはじめ、ストレスの軽減、体を冷やさないようにするなど、高血圧を防ぐ生活を心がけましょう。
妊娠中期の胸焼け時に薬の服用は?
胸焼けが続いて、食事を摂るのも苦痛になるような場合は、ついつい薬に頼りたくなるかもしれません。しかし、自己判断で市販薬や妊娠前に処方された薬を服用するのは、やめましょう。
先ほど紹介した対処法を試しても一向に症状が改善されず、あまりにつらさが続く場合は、次の検診まで待たずとも産婦人科の医師に相談してください。