理玖は生後七ヶ月、母子二人で過ごしていた公園で、はじめて友人になった飯村莉子は、不思議な人だった。
次に会う約束やLINEでのやり取りは一切しないと、最初から言われていたのだが、月曜日と金曜日には公園に来る、という予定を彼女が変えることもなかった。午前ということはなくて、大体午後三時頃だ。夕飯の支度などをしに公園から帰っていく人たちが多い時間に、莉子はどこから現れるのか、公園に迷い込むように入ってくる。なぜか、そう見える。
「天使のリクくん、今日も元気にしてた?」
とか、
「今日もハンサムだね。あれ、手が大きくなったんじゃない?」
などとちょっと大袈裟に褒めてくれて、新しい指人形をポケットから取り出し、理玖の前で動かして見せる。莉子から、どんどん生まれてくる指人形、どの子もカラフルで、すぐに理玖の興味を引く。
春の陽射しが少し感じられるようになった今日は、莉子はベージュのスプリングコートの中に、鮮やかなグリーンのタートルネックの上で黄色のVネックのセーターを合わせている。色の淡いデニムにオフホワイトのショートブーツ。後ろに緩やかに結んでいた髪からは、おくれ毛がなびいている。ポケットに手を入れて、
「そうだ、リクくんと今日はこれで遊ぶんだ」
と、チャリチャリっと音を立てる簡単な包みを取り出して見せた。
マスクを外しても構わないか?と訊ねられたので、うなずくと、莉子はその包を開く。中にあったストローの先を小さなピンク色のポットにつけて、空中をめがけてふーっと吹きつける。一度目は小さく、二度目は大きく、続けて吹く。
おー、おー、と理玖が両手を伸ばし、交差させる。もうじき拍手もできそうに、両方の手が動く。
その先にあるのは、光、プリズム、揺らめくシャボン玉、大きくぷかりと浮かんだ光の玉も、小さく連なって吹かれた玉も、ゆらゆらしながら七色に変化する。
「嫌だったら、言ってね。シャボン玉みたいなのも、危ないって敬遠する人増えているみたいだから」
言われてみると、シャボン玉は呼気だ。今は人と人が触れ合うのも、距離を狭めるのも、皆が恐る恐るになっている。そんな時代に、理玖は生まれて、自分は母になったのだと、こんな時改めて感じる。
「気にしないでください。でも、だからなんだろか、思えば理玖にはこれがはじめて見るシャボン玉です」
「まだ生まれたばかりだもん、リクくんにははじめてだらけだよ」
そう言いながら、莉子はだんだんシャボン玉飛ばしの要領をつかんだようで、等間隔に並ぶ子どもたちのように連射させていく。
「ねえ、リクくんには、何色に見えているのかな」
莉子は、ふと手を止めると、理玖の目線の高さまで首を傾げる。
「リクくん。あの子は、ピンクかな。ピンクに見えるよね」
どの子を指さしているのか、大体、シャボン玉まで子どもなのかと感じながら自分でも覗いてみるが、シャボン玉の"子"はあっという間に、風に揺られてどこかへ流れていった。
「あ、これしってる。しゃぼんだま」
走って近づいてきた子どもたちがいた。色とりどりのフリースやパーカ、ダウンベストなどを着ている。おしゃれな大人のミニチュアのように見える子どもたち。理玖の収まったベビーカーが、子どもたちに囲まれる。