切迫早産と言われたときの治療の基本は「安静に」過ごすこと。自宅安静から入院まで、安静の度合いは異なり、どのくらいの安静が必要かは人それぞれです。今回は、切迫早産と言われてから出産まで「自宅安静」で過ごしたママの体験談を紹介します。
自宅安静生活中は、社会から閉ざされた気持ちに…
【29歳で妊娠/さくらさん】産婦人科を受診して妊娠が判明したのが妊娠8週。そのときすでに胎児が平均よりも小さく、産婦人科の先生からは「正常範囲ギリギリのライン」と言われていました。一般的には妊娠初期の妊婦健診は月に1回ですが、隔週や毎週と頻回の健診で経過を見てもらうことに。はじめての妊娠は、スタートから不安でいっぱい。
毎回ドクターからお話があったのが、「血流がよくない、赤ちゃんに栄養が届きにくいのかもしれない」ということ。妊娠前は健康そのものだった私ですが、妊娠がわかったころからつわりがひどく、10週を迎えるころには体重が7kg落ちているほど、食べ物を受けつけませんでした。
それが原因ではないかと不安に感じていたのですが、救ってくれたのは、そのときにベテラン助産師さんがかけてくれた「大丈夫。つわりで食べられなくても、赤ちゃんに必要な栄養は届いているから成長し続けているのよ」という言葉。
担当医には、体をあたためて血流をよくする漢方薬を処方してもらい、苦さに吐き気を催しながらも毎食後に欠かさず飲み続けました。
仕事、マタニティウエディングの準備も忙しくて…
当時、私はデスクワークの勤務をしていましたが、子宮が収縮しておなかが張る状態になることが頻繁にあり、担当医から「できることなら時短もしくは休職して安静に…」と指示が。なんとか出産直前までは仕事を続けたいと担当医に相談し、状況を見ながら判断していくことを了承してもらいました。
実は私たち夫婦は、妊娠がわかる前から結婚式を計画していたのですが、予定していた日は妊娠22週に差し掛かるころ。医師に相談したところ「え?ご自身のですか?」と驚かれてしまいました(笑)。
結婚式が近づくころ、胎児は順調に成長し続けていたものの、大きさは正常範囲の小さめギリギリ。妊婦健診では相変わらず、切迫早産になりやすい人の症状である血流の悪さやおなかの張りを指摘され、「体を動かすことや頭を使って何か考えることはできるだけ避けるように」と言われるようになっていました。
その理由は、運動や思考に使うエネルギーを抑えて、赤ちゃんに少しでも多く栄養を届けられるようにするためだそう。結婚式ではできるだけ座って動かないという条件つきで、開催を認めてくれました。
妊娠22週で「切迫早産」と診断。長い自宅安静生活がスタート
無事に結婚式を終え、22週に行った妊婦健診では変わらない血流の悪さから、「切迫早産」と診断されます。
切迫早産は治るものではないため、早産のリスクや赤ちゃんの成長を第一に考え、休職して自宅安静するよう告げられました。安静の程度を医師に尋ねると、「トイレ以外は横になった状態で、動かないように」とのこと。こうして私の自宅安静生活が始まりました。
切迫早産と診断されてからは、毎週行われた妊婦健診。病院への送迎や家事は、夫や実家の家族に交代で助けてもらいました。
おなかの張りをやわらげるために処方されたのが、リトドリンという張り止めの薬です。この薬は私にはかなりの副作用があり、腕や指先までけいれんがきたり、寝ているだけでも動悸が激しくなったりといった症状がありました。
毎回の健診で言われたのは「胎児の成長が止まらないよう、しっかり安静を続ける」こと。医師のアドバイスを信じてトイレやお風呂以外は動かず、早産の予防のため横になって安静生活を送りました。
働きたいのに働けないことや行動が制限されるという精神的打撃、ホルモンバランスの変化も影響してか、社会から閉ざされた気持ちになり、「どうして私がこんなにたいへんな目にあわなきゃいけないの!」と家で一人涙したことも。
楽しい妊娠生活を思い描いていただけにショックが大きく、買い物や旅行に出かけたりできる健康な妊婦さんを疎ましく思うことも多かったです。
約半年間の安静生活は、モヤモヤしたり涙したりする日々…
安静の甲斐もあってか入院には至らなかったものの、胎児の大きさは正常範囲内で小さめのまま。不整脈の症状も出てきたため、何かあったらすぐ対応できるようにとNICU(新生児集中治療室) のある総合病院を紹介され、転院することになりました。
その後も週に1度のペースで診察してもらい、赤ちゃんがマイペースながらも成長を続けていることが心の安定につながっていました。
妊娠後期38週ごろにようやく医師から「(赤ちゃんのサイズが)ボーダーラインを超えた」と安心のひとことが。それまでは正常範囲内の最低値ギリギリでしたが、ようやく平均値に近づいたのです。その後、40週で安産となりました。
およそ半年の間続いた安静生活は、ままならないことが多く涙する日々。そこから脱却するために、生まれてくる赤ちゃんの洋服やおもちゃなどをスマホで検索したり、好きな映画やドラマを見たりと、寝たままでもできることを実践しましたが、何をしてもダメでした。
しかし、乗り越えられるきっかけになったのが、私と同じように切迫早産で安静生活を送った後、無事に出産した友人の話を聞いたこと。友人は「子宮頸管が短い」という理由で切迫早産と診断され、長く入院生活を送っていました。
私のモヤモヤの原因は、「安静にしていれば本当に元気な赤ちゃんを産めるのか?」ということがベースにあったため、友人の話を聞いて「大変な思いをしているのは私だけじゃない。自分の体をいたわり、医師を信じて日々過ごせばきっと大丈夫」と心から思えたのです。
出産した今、大きな病気を患うことなく元気いっぱいに育つわが子を見ると、安静生活を乗り越えられてよかったと、心から思えます。
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