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2023.10.02

ママパパの生活

うさぎの耳〈第八話〉花火のパペット|谷村志穂

photo by Nakamura Akio

◀『うさぎの耳』を最初から読む

SNSで集まった情報の中の二人ともが、隆也に思えた。白坂たちの報告を受けてからは、想像ばかりが膨らみ、気持ちが昂(たかぶ)り、何をしても上擦っていた。どちらも隆也であってほしくないような気もして、二つに分かれて、高知と広島に半分ずつになって住んでいるようにも思えた。

白坂と美咲が、休日に高知の方から訪ねてくれることになった。飛行機代は、皆がカンパで集めてくれたそうだが、隆也の母からも言付かっていた。

「こんなこと、本当なら人様に頼めることじゃないって、あなたわからない?」

「そうですね」素直に頷くしかなかった。

「せめて旅費を用意したいのですが」

そう言い終わらぬうちに、義母から十万円が収められた封筒を二封、手渡された。

「当たり前でしょう。私が気づかないはずないでしょう。ここに立って。ちゃんと新札で入っていますよ。あなたは、そういうことも教わってきていない人でしょう」

次々と捲し立てられた。

「もっと払いたいけど、お礼はまた別にするから」

義母が何も言わなければ、優しい人だと感じるのだろうか。それとも、何を言おうが、そう感じるべきなのだろうか。

自分はもう義母に何かを言われても、傷ついているのかさえもわからない。麻痺してしまっている。

「ありがとうございます」と、棒読みのように言ってしまった。


白坂と美咲の二人は早朝に羽田を発ち、まず、高知から。高知空港でレンタカーを借りて、情報をもらった先の漁港に向かったそうだ。漁港に到着した時と、その弁当屋に着いた時に、美咲がメールで伝えてきてくれた。

まず、店の画像が送られてきた。長靴を履いた漁師さんたちが店頭に並んでいたが、その向こうにいる男の姿までははっきりわからない。

二人は並んで、弁当を買いながら、隠れて動画を撮ったそうだ。

送られてきた動画。

「はい、唐揚げひとつと、エビチリひとつですね」

と、店先の男の声はどこか陰気だった。その陰気さには、聞き覚えがあった。

黄色いエプロンをつけた男の手元が、映し出されていた。隠し撮りで、顔までは映っていない。よく日に焼けた、繊細な手、けれど自分と暮らした男のごつごつした手とは違っている。

男は、白坂らのことを、まるで知らないようで、二人に愛想良く弁当を手渡した。

「どう考えても、違うね」

動画を見られるように、スマホに買い替えた。こんな便利なものだったと今さら知った。

二人は、動画を送った後に、漁港の防波堤に座って並んで弁当を食べながら、電話をかけてきた。

「どう考えても、違うよな」

と、白坂。

記憶喪失になった、ということも考えられたが、二人が一番違うと感じた理由は、やはりその男の手だったそうだ。

「高山、どんなに痩せても、あの手にはならないよ。よく馬の体にブラシ、かけてたからさ。だからって、どんなだったかなんて本当のところ、あんまり覚えていないけど、あんな華奢じゃなかったと思ってさ。でも一応、美夏にも確認するけど」

電話口で、白坂が少し拍子抜けした口調でそう言った。受話器の向こうで、カモメの声がした。カモメの声を聞きながら、急に北の海を想像した。

「私も違うと、思う。と、言うより、違います」

そこに映った男は、髪の毛も癖毛のようだ。でも何より、画面が少しだけ映った男の顔の中で、鼻はだんごのように丸かった。SNSで隆也の写真を見た人が、この男にそっくりだと言ってきた理由が今となってはもうわからないくらいだった。

「でもさ、美夏、今一度よく見てね。離れている間に変わった面だってあるはずだから」

電話口の声が美咲に変わった。

「そうだね。それに、私も、もう本当言うと、あんまり思い出せないんだよ。変でしょ」

美咲は少し押し黙り、続けた。

「だとは思うよ。思い出したくないと、人は忘れようとするんだよ。でも、探すなら、どんな高山が出てくるのか、わからないって覚悟しなきゃ。でしょ?」

「うん、わかる」

「しっかりしろ、美夏」

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撮影/中村彰男 校正/岡村美知子

谷村 志穂 作家

北海道札幌市生まれ。北海道大学農学部卒業。出版社勤務を経て1990年に発表した『結婚しないかもしれない症候群』がベストセラーに。03年長編小説『海猫』で島清恋愛文学賞受賞。『余命』『いそぶえ』『大沼ワルツ』『半逆光』などの多くの作品がある。映像化された作品も多い。

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