あまり期待してはいけない、と自分に言い聞かせていた。
彼女は、昼下がりのいつもの公園で、たった一度出会っただけの女性だ。思えば名前も訊いていないのだ。
ベビーカーの中の理玖の顔を見て、リクくん、とかすれた声で呼びかけてくれた。長い髪は少し色落ちしたように先が細く、それでも艶めいて風になびいていた。
その声や髪はよく覚えているのに、どんな顔立ちだったか、目や口元の形に至るまで記憶が曖昧だった。
緑のパペットを理玖にくれて、編み方まで教えてくれると言っていた。しかし、これから冬になっていく公園で?それに彼女は本当に月曜日と金曜日には公園にやってきて、寒空の下、編み物をしているのだろうか。なぜわざわざ公園で時間を過ごしているのだろう。私たちのように、家にいられないわけではないだろうに。
窓辺に置いた緑色のパペットは、今、カーテン越しに朝日を浴びて、ちょっとおどけているように見えた。ピンクの鼻の上で、二つの目玉が寄り目になって見える。
「お義母さん、買い物は、メモにある通りでいいですよね?あとすみませんが、今日は少し余分にほしいんです」
義母がキッチンでコーヒーサーバーからカップにコーヒーを注いでいるのが、音でわかる。理玖を抱いてリビングに出ていき、そう頼む。私の腕の中をちらっと見やったきり、まるでこの世に理玖は存在しないように目を逸らす。私のことも、よくは見ようとしないから、視線の置き場に困って見える。
「そうね、メモ、渡したわよね」
食材などの買い物は、理玖のおむつや、緊急用の粉ミルクもあるから私の役だ。帰りにベビーカーの後ろにぶら下げて帰ってくる。そういうものが、箱で宅急便が届くのも、義母は嫌がる。
頼まれる買い物はとても具体的で
〈薄くスライスしてあるかぼちゃ
豆乳(いつもの薄い方)
クレソン、二束
茗荷 三つくらい
エゴマの葉
茹で蛸、足一本くらい
塩サバ(一夜干し)
牛肉 小ぶり ロース 和牛〉
などと、縦書きの達筆が続く。メモを書くにも、万年筆の文字。そんなことだけでも、義母には大切にしている生活があるのがわかる。それはそれで、ご立派だ。
けれど、理玖と私にも暮らしがある。遠慮してばかりなんていられないのだ。もちろん食材は自分の分も買わせてもらうし、理玖は離乳食も始まった。お尻拭きや瓶詰のベビーフードも買う。自分が食べたい時にはビスケットや、よくあるいちご味のチョコレートやレジ横に並んでいるみたらし団子なども買う。
「余分っていくらくらい?けちで言ってるんじゃないのよ。わからないじゃないの。何に使うの?」
義母は午前中はネグリジェの上にガウンを着ている。もう六十代後半なのに夜更かしで、深夜まで映画チャンネルで映画を観ているようだ。低血圧で、朝は苦手。その年齢なのに、というのは可笑しいのかもしれないが、義母は少なくとも枯れてはいない。以前は六十代後半の人など、人生において達観の域に向かっているのかと想像していたけれど。