2人の子どものママであるお笑いタレントのニッチェ・江上敬子さん。ふたりを授かるまでに経験した約4年にわたる不妊治療を振り返ってもらう連載です。今回のお話は、1人目の不妊治療と出産について。
前回のお話<<治療でメンタルがズタボロに。念願だった仕事のオファーも断りました
【ニッチェ・江上敬子さんの妊活ヒストリー】
28歳…卵巣嚢腫で片方の卵巣を切除
31歳…入籍
34歳…不妊専門クリニックにて妊活開始。
1年で10kgの減量を経て、体外受精へ
36歳…体外受精で第1子妊娠
38歳…体外受精で第2子妊娠

妊活中はパーソナルトレーナーをつけての減量、食事カウンセリングもしてもらいました。
たとえば、カレーはごはんではなくキャベツにかけたり、蕎麦のかわりに沖縄もずくを代用することも!
「子育て」ということをしてみたかった
私は昔から子どもが好きでしたし、夫の思いに応えたいという気持ちが強かったですが、心のどこかに「子どもは授かりもの」と思っている節があって…。究極を言ってしまうと、「授かっても授からなくても、どちらでもいい」という気持ちもありました。子どもに関して、「絶対にこうじゃなきゃ嫌だ!」という、強いこだわりみたいなものが無かったんですね。たとえば、絶対に血縁関係がないと嫌だとか…。
そもそも、私自身が子どもを欲しいと思った理由は「生活をともにする人間が夫だけでなく、ほかの人が欲しかった」「子育てをしてみたかった」という部分が大きくて。
生活をともにする人間というのは、“家族”がチームだとしたら、メンバーが夫以外にいたらより楽しいだろうなというか。だから、自分が子どもを授からなかった場合は、里子を迎えるという選択をしていたと思います。実際、里親制度についてもいろいろと調べていました。
怖がりの自分が体外受精をがんばれた理由は…
34歳で始めた不妊治療。我が家の場合は「体外受精のチャレンジは3回まで」と決めて臨んでいました。というのも、治療は心身にも金銭的にも負担が大きいから。現実的に不妊治療を無限に続けることはできないわけで…。その現実に夫婦でしっかり向き合って話し合って出した、我が家の答えでした。
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