「誰かの幸せを素直に喜べない自分」を受け入れる
そんな甥っ子たちのおかげで、妊活中も赤ちゃんに会うことは全然OKだったのですが、妊婦さんに会うのは精神的にキツいときもありました。
友人から妊娠報告を受けると、そのときはうれしいんですけど、なんで私はダメだったんだろう?と、自分が流産したことを思い出して暗い気持ちに。そんなふうに思ってしまう自分も嫌になりました。
そのとき気づいたのは、「誰かの幸せを素直に喜べない自分を受け入れること」の大切さ。それも今の自分の感情なんだと受け入れて、仕方がないことだと思うようにしました。
私は悲劇のヒロイン?
悲劇のヒロインになろうと思えばいくらでもなれるけれど、家族に相談したところで慰める以外の方法はない。それなら、ありのままの自分を受け入れてみようと思ったんです。
友人と一緒に不妊治療をしていて、そのときは同じ話題で盛り上がっても、一人、また一人と卒業していく中で、話題が合わなくなってしまうのは仕方ないこと。一時的に疎遠になっても、またどこかで笑って会える日がきっとくるから、大丈夫だと思うようにしました。
それは悪いことではなく、自分を守るために「今の私には必要なこと」だと割り切って。そして、他の人の妊娠と、自分が妊娠できないことは別なんだと自分に言い聞かせて、メンタル維持に努めていました。
妊娠中の友人とは距離をとったり、SNSもなるべく見ないようにしたりしていましたが、自然に入ってきてしまうネットニュースや情報もあります。それを偶然目にして嫌な気持ちになるくらいなら自衛しようと、「妊娠」や「出産」はミュートワードにしていました。
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