麻酔なしの採卵をして、ズドンと重く痛い下腹部を抱えて家に帰ってきたとき、夫は呑気に昼寝。それだけで蹴りたくなるのに、ぐっとこらえて「今日、採卵だったの」とつらそうに言いました。が、夫はひと言「ふーん」。
思いました。あぁ、もう離婚だな。
でもね、踏みとどまりました。ケンカはしても、離婚はしなかった。なんでかな。
私がタイタンという会社の社長で、彼は所属タレントだった、という事情は確かにあります。会社は私の子どもですし、タレントたちも私が育てるべき子どもたち。夫であるのと同じだけ、彼は私にとって「子ども」だったから我慢できたのかもしれません。
不妊治療こそ、究極の愛情表現…のはずでしょ?
でも、それだけじゃない。もうひとつの理由は、妊活が原因で離婚するってなんだかすごく悲しい気がしたんです。
なぜ悲しいのかというと、妊活しようと思ったことそのものが「愛情表現」だから。
愛情って、どれだけ深いものであったとしても目に見えないし、言葉以外ではなかなか表現しにくいものです。
でも、不妊治療をするという行動は、それ自体が揺るぎのない愛情表現だと私は思うのです。
女性は「あなたの子どもだから産みたい」と思うからこそ、痛い注射や治療にも、長い待ち時間にも、多くの束縛にも耐えているのです。
男性だって「2人の子どもが欲しい」と思うから、妻を支えてがんばろうと思うわけです。
不妊治療を始めた原点は愛情。それこそ純粋で、まじりっけなしの愛情です。
なのに、不妊治療が進むことでお互いが嫌いになっていくとすれば、こんなに悲しいことはないと私は思うのです。
なぜこんなことになるのか?
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