「お母さん」になれなかったら自分の存在価値って?
私は子どもの頃から、当然のことのように「私もいつか子どもを産むんだろうな」と思って生きてきました。
でも、時間とお金をかけてもそれができないかもしれないという事実をつきつけられて、「私はどう生きていったらいいんだろう」と思っていました。
人間は、みんな何者かになりたいっていう願望があると思うんです。そのなかでも「お母さん」っていう役割は、その存在価値を自分自身で分かりやすく感じられるものだと思うんですね。
でも、私は「お母さん」になれないかもしれない。だったら「何者か」にならなきゃっていう焦りみたいなものはすごくありました。
お笑いの仕事は楽しくやっていますが、40歳近くになってくると、仕事における自分の立ち位置みたいなものが、なんとなく見えてきます。そんな私が「お母さん」というものになれなかったら、私は自分の存在価値をどうやって感じていけばいいのかなって。
だから何か新しいこと、何か熱中できることを探さないといけないと思いました。じゃないと、「子どもが欲しかったな」「お母さんになりたかった」という思いをずっと抱えながら生きる人生になるような気がしていたんです。

「お母さんになれました」
いつまで不妊治療を続けるか問題
不妊治療の期間はおおよそ1年ほどで、短い期間で妊娠できたほうだと思います。その期間、治療は休むことなく続けていましたが、やはり妊娠判定で陰性が出ると落ち込みました。
そういうときは、夫と大好きなお酒を飲んだり、お寿司を食べに行ったり、事前に旅行の計画をたてたりしていました。
妊娠したらできなくなりそうなことをあらかじめ計画しておいて、もし妊娠していなかったらこういう人生が待っているわけで、これはこれで楽しいよねって思うようにしていたんです。たとえ強がりだったとしても、そう言い聞かせるしかないですよね。
不妊治療をくり返していると、やっぱりどんな人にとっても完全に前向きになることは難しいと思います。妊娠できても最高、妊娠できなくても最高という状況を、自分なりに何とかつくり出して治療を続けていました。
「いつまで不妊治療を続けるのか」それはあまり夫婦で話さなかったですね。
私としては漠然と保険診療内の回数、6回までかなと思っていました。6 回やってダメだったときには、一度考えなきゃいけないかなと。
ただ、30代後半とはいえ「40歳を過ぎても産んでいる人もいるんだから」という思いは常にどこかにあって。あきらめたら終わりだし、いつかは自分もそこに入れるんじゃないかとも思っていました。
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