45歳で第二子を自然妊娠し、46歳になる年(46歳になる5ヵ月前)で出産した弁護士の三輪記子さん。40代で妊活をしている女性たちにとっては“希望の光”のようなニュースですが、三輪さんご自身はいたって冷静。というのも、その裏では不妊治療によって心身ともに苦労を重ねていたから。
「私はたまたま幸運だっただけ。だから、あくまでも1つの体験談として聞いていただけたら」と話す三輪さんの妊活体験記を、前編後編の全2回に渡ってお届けします。
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二度の流産と年齢を鑑みて不妊治療をスタート
〈三輪記子さんの妊活ヒストリー〉
2015年6月
38歳のときに作家・樋口毅宏さんと授かり婚
2015年11月
第一子出産
2018年5月
第二子を妊娠、流産
2019年5月
妊娠、2回目の流産
2019年12月
不妊治療専門クリニックで不妊治療を開始
2020年4月
コロナ禍で不妊治療を中断
2020年10月
クリニックを転院して、不妊治療に再挑戦
2021年7月
不妊治療の中断を決意
2021年10月
45歳目前で第二子を自然妊娠
2022年5月
第二子出産
私はもともと京都で家族と住んでいたのですが、2017年秋に東京へ引っ越しました。第一子の長男が2歳になる直前くらいのころ、京都と東京の往復で業務多忙だったのですが、その忙しさが少し落ち着いてきたときに第二子の妊娠がわかったんです。ただ、残念なことに流産という結果に。その後、もう一度妊娠しましたが、このときもまた流産となりました。
当時、すでに私の年齢は43歳だったので、「もう今後は年齢的に自然妊娠は難しいかもしれない」と考え、不妊治療に挑戦しようと決意。
不妊治療専門クリニックは、家から近いところを探しました。実際に受診してみると、検査検査で想像以上に日にちがかかって。今ならそれがデフォルトかもしれないと考えられますが、そのときの私は、一大決心をして受診したのに、遅々として進まないことにびっくり。でも、それは私があまりにも不妊治療について知らなかったゆえでした。
検査1つとっても、もちろん採卵をするにしても、それまでに日数を要します。そんな事実を初めて知ったわけです。日にちがかかるほかに、検査でこんなに痛みが伴うのかなども。自分の周りに不妊治療をしている人はいましたが、詳しい話を聞いていたわけでないので、クリニックを受診して初めて知ることばかりでした。
検査の結果、私はAMH(※)の数値がとても低かったんです。それはもうびっくりするくらい低くて、残された卵子の数が非常に少ないという現実を突きつけられました。だから、最初から体外受精一択!
(※)AMH(アンチ・ミューラリアン・ホルモン)は卵巣に残っている卵子の推定数で、加齢とともに卵子の数が減っていくのは当然のことなので、数値が低いことは不妊原因にはならないといわれています。
その後、「さぁ、これからだな!」と気合十分だった矢先、コロナ禍に突入してしまい、不妊治療をストップすることに。当時は世の中が初めての出来事に混乱していて、私自身の不妊治療も例外ではありませんでした。

夫である作家・樋口毅宏さんと今年11歳になる長男、4歳になる長女との家族ショット。三輪さんは社会的な「母親像」に縛られず、自身の感覚で育児に向き合っているそう。〈©山本春花〉
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