乳がんの全摘手術を終え、麻酔が切れたあとの夜を、だいたさんは今もはっきり覚えていると言います。
寝返りが打てず、背中が痛くてたまらない。のどが渇いてしかたがないのに、水を飲むことは禁止されている。唇をかんで、出てきた唾液を飲み込みながら思い知ったことは、「私は今まで幸せだったのだ」というゆるぎない事実でした。
「痛くて痛くてがまんできなくなって、ナースコールしたんです。腰に枕を当ててもらったら少しラクになった。それで思ったんですよ。戦争で負傷した兵隊さんは、こんなふうにナースコールすることもできなかったんだなぁって。
痛くて痛くて、それでもだれも来てくれなかったんだなぁって。ちゃんとみなさんに支えてもらえる私は、なんて幸せなんだろうって」
そう気づいたとき、不妊治療をしていた自分がいかに幸せだったかも実感できたと、だいたさんは言います。
「赤ちゃんが欲しくても、夫の理解がないとか、経済的に厳しいとか、病気を持っているとか、不妊治療をしたくてもできない人もいますよね。でも私は治療を続けることができていたわけです。
なのに、なんで私はあんなにいじけ切っていたんだろう。不妊治療している私は、輝いていたじゃないか。キラキラしていたじゃないか。夢を追いかける日々をもっともっと楽しめたはずなのに、と気づかされました」
その後は抗がん剤治療、ホルモン治療を続け、「なんとか5年、頑張ろう」と決意したそうです。しかし手術から2年後、恐れていたことが起こりました。
「全摘した右の胸に、まさかの再発が見つかったんです。乳房を残さずに切除したのは再発を避けるためだったんですが、まれに私のようなケースがあるのだそうです。それでも、年に一度の検査で、たった4mmという小さい段階で発見できたことはありがたいと思いました」

松岡修造さんなみにポジティブな夫・小泉さんと
1つだけ残していた受精卵を戻してあげたい
まさかの再発は、だいたさんの気持ちを変化させました。
再発から1年半後の2020年秋、「乳がんの治療を中断し、不妊治療を再開します」と発表したのです。
「乳がんの治療は女性ホルモンを減らすことが基本なんですが、妊娠すると女性ホルモンが上昇します。治療とは真逆なので再発や転移の可能性もあります。でも、命をかけてでもやってみたいと思いました」
乳がんがわかってから、ずっと「もう不妊治療をすることはない」と思っていたというだいたさん。その気持ちが変化したのはどうしてなのでしょう?
「一つは、乳がんが見つかる前に移植するはずだった受精卵の存在ですね」
受精卵が凍結保存されているクリニックからは、1年に一度「凍結胚の延長のお知らせ」の手紙が届くそう。廃棄を決めないかぎり、毎年毎年手紙が届き、費用を支払う。そのたびに、受精卵の存在の大きさが胸に迫ってきたと言います。




