ただし、かならず赤い魚です。金魚や緋鯉なども、赤であることが大切なのです。さらに刀は『尖角』といって、敵意を出しにしているので凶を引き寄せます。床の間に刀を置き、その前で客を迎えていましたが、これは相手に敵意がない気持ちを示すと同時に、いつでも戦える覚悟を表しているのです。それを玄関に置くのは、相手に刃物を突きつけている意味となります。つまり建物でも、鋭角の先にある建物を攻撃しているわけです。
よって風水では、尖っていない、なるべく丸いものを吉と考えます。
方位や年の寄らずに邪気を避け、運気の下降を防ぐものがあります。たとえば獅子の置物。これは門の両脇、あるいは玄関の前に置かれます。沖縄ではシーサーが置いてある家が多いですよね。
家の中では「ついたて」が用いられます。外からやってくる気を、いったん当てて弱める作用と、中の気を逃さない作用があります。
もし、構造的に「ついたて」が置けず、廊下がある場合には長めの「のれん」をつけるといいいでしょう。これは日本に輸入されたあとの発想かもしれません。ついたてと同じ効果を期待したものです。
この絵柄にも、緋鯉が遡上している姿が好ましく、また子宝を示す「山」の絵がおすすめです。

雑誌コーナーで、よく目にする風水ですが、それをそのまま鵜呑みにしないこと。また、日本には詐欺まがいの風水師が多いと、よく耳にします。風水には流派がありまして、あまりたくさんみると迷うかもしれません。
子孫が繁栄するということは、日本人が永遠に生き続けるということです。だから人生の多くの時間と労力、そして費用を、次世代の子どもに費やすのでしょう。
長い人生を楽しむには、頑張らないほうがいい
ぼくは現役の占い師ですが、二十歳のころは風水師になりたいと思っていました。風水を3年ほど勉強して思ったこと。それが…「ひとには、それぞれ生まれながらにして性格がある」「生まれてきた使命は、みんな違う」ということでした。
ですから、どんなに風水を実践しても『生まれ持った性格』と『生まれてきた意味』がわからなければ、それほど効果は望めない…という事実を知ったのです。それが「占術を勉強して、占い師になろう」と思ったキッカケでした。
努力して愛し合うって、変じゃないですか?
ぼく自身、どちらかというと組織の束縛を嫌う自由人で、精神論者ではありません。なので「努力」とか、「気をつける」という言葉が大っ嫌いなんです。




