「やっぱり、ちゃんと妊活しなくちゃダメだ!」と思い始め、毎朝基礎体温をはかるようにしました。排卵日検査薬も使い、排卵日の前後にタイミングをとるように頑張りました。
それでも生理はまたやってくる。そう、赤ちゃんはちっとも授からなかったのです。
「だったら病院に行こうよ」

そう言ってくれたのは公太くんでした。
彼は最初、あまり子どもが欲しいとは思っていなかったようです。帰国してラーメン店を始めた彼は、事業を軌道に乗せることに必死でした。本音を言えば「子どもどころじゃない」という気持ちだったのかもしれません。私より年下の彼はまだ20代だったし、子どもを持つことの切実感もなかったと思います。
それでも「安祐美さんが喜ぶんだったら、ぼくは願いをかなえてあげたい」と彼は言ってくれました。「病院に行こうよ」「早いほうがいいよ」と。
男性は不妊治療の検査をいやがる人も多いとウワサで聞いていたので、ちょっと意外でした。
「いやじゃないの?」と聞くと、彼は「え?オレは全然抵抗とかないよ」と笑ってくれたので、心強かったですね。
最初の流産。喜びの直後に腹痛と出血で病院へ
正直、病院に通うことに抵抗があったのは、私のほうだったのかもしれません。体をあたためるようにしたり、食べ物に気をつけたり、基礎体温をつけたり…。そんな「努力」を続けていれば、そのうち実を結ぶのではないかと、心のどこかで思っていたのです。
「じゃあ、今年(2020年)いっぱいは自己流でやってみて、ダメだったら来年から病院に行こう」と約束しました。
ところが、年が明けたら病院を探そうと思っていた20年の12月、はじめて妊娠検査薬が陽性になったのです。

うれしかったです。「私、妊娠できるんだ!」って感激しました。
でもうれしい時間は長続きしませんでした。急におなかが痛くなって出血。産婦人科でみてもらうと「残念ですが…」と言われてしまったのです。
妊娠反応は出たものの、まだ胎嚢もできていない段階での流産でした。
がっかりしたのは確かですが、一方で「自己流でも妊娠できたんだ!」という、うれしさもありました。それで年が明けてもしばらくは自己流でタイミングをとり続けてみたのですが、やっぱり妊娠はしませんでした。
ようやく重い腰を上げ、友だちに紹介してもらった不妊治療専門のクリニックに通い始めることに。2021年の春のことでした。
自己流タイミング法にはモレ・ヌケ・ズレがいっぱいだった!




