「初めて子どものいない女性たちの本音を聞いたときは驚きと戸惑いのほうが大きく、すべてを受け止めきれませんでした」と語る、子どものいない女性を応援する「マダネ プロジェクト」主宰者・くどうみやこさん。
「子どもがいない思い」を閉じ込めた箱を開けるのはとても勇気がいることです。ふれられたくなかった感情や、本人さえ気づかなかった感情があふれ出します。
女性たちそれぞれのリアルな人生ストーリーを、くどうみやこさんの著書『誰も教えてくれなかった子どものいない女性の生き方』より抜粋して紹介します。
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不妊治療終結宣言をしてから次のステップへ
K・Mさん(50歳・既婚・理学療法士)のケース
K・Mさんの歩み
人あたりのいい優しい笑顔が印象的なKさんは、向上心が強い女性。自分がしたいことを考え、実現に向けての努力を惜しみません。女性をサポートするというテーマが見つかり、輝いています。
【主な出来事】
26歳で結婚するも半年で離婚。その後、4つ下の現在の夫と出会い、34歳で再婚。35歳で不妊治療を開始するも休止していた時期があり、40歳から本腰を入れて再開。5年ほど治療するも授からず、46歳のときに不妊治療終結宣言をし、現在は夫婦共に仕事や活動で多忙な日々を送っている。
<K・Mさん歩み年表>

「子どもが欲しい」しかし結婚半年で離婚
「血のつながった自分の子どもを産みたいと思っていました」
私は自分自身のことが大好きで、それを超える存在ができるとしたら、自分が産んだ子どもだろうと思っていた。子どもによって変化する自分を見たかったのだと思います。
26歳のとき、7つ上の人と結婚しました。東京から彼の実家がある山形へ。義理の父はすでに他界しており、義理の母との3人の新婚生活がスタートしたのですが、彼がかなりのマザコンであることが判明したんです。
とにかく何でも「母親のやっているとおりにしないと、やっていることにはならない」と言われ、半年で離婚。

もし子どもができたら変わるかもしれないとも思ったけれど、もう彼に対する気持ちがなかった。山形での仕事を辞めるまでの1カ月で離婚を切り出してから東京に戻り、離婚届は郵送しました。
学業と仕事で充実した日々の中、再婚
独身に戻ったのだから好きなことをしようと、27歳から心理学の勉強をするために夜は大学に通いました。昼間は理学療法士の資格を生かして病院で働いていたので、忙しかったけれど充実していました。
現在の夫と知り合ったのは32歳のとき。趣味でスキューバダイビングをやっていて、一人でオーストラリアのダイビングツアーに行ったとき、彼も参加していて仲良くなったのがきっかけ。2年交際して、私34歳、夫30歳のときに結婚しました。
結婚後1年くらいは私も夫も忙しすぎて、子どもどころではなかった。とくに私は、職場での責任も仕事量もどんどん増していきました。もう35歳だし、そろそろ本気で子どものことを考えたい。でも、仕事を辞めない限りは妊活どころではないと退職しました。
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