「かんしゃくを起こす」「言うことを聞かない」「落ち着きがない」…。乳幼児を育てているママの中には、そうした理由でわが子が”育てにくい”と悩んでいる人も少なくありません。
一方、ニュースなどで、思春期に問題行動を起こす子どもが、実は”育てやすいいい子”だったというケースを目にするたびに、「今はおとなしくても将来はわからない」という不安を抱くママも多いようです。
長年、子ども達の心のケアを行ってきた小児精神保健医の渡辺久子先生は、一見「育てやすい」と思われがちな子の中には、注意深く接してあげる必要がある子もいると言います。子どもの心を健やかに育むために、親としてどうかかわるべきか、うかがいました。
泣かない子が”いい子”なのか?
「Baby-mo」編集部が行ったアンケートによれば、ママ達が感じる「育てやすさ」の理由のトップは、「よく寝る」と並び、「あまり泣かない」というものでした。でも、泣かないことはそんなにいいことなのでしょうか?渡辺先生は指摘します。
「確かにわが子にグズられるのは、親を不安にします。まわりの人の目も気になり、よく泣かれるとつい“育てにくいわ”なんて思ってしまう人もいるでしょう。でも敏感な子は、そういった親の気持ちを察し、怒りや悲しみを押し殺して育つようになってしまうのです。
健全な心の成長のためには、怒りや悲しみを自分で綱引きしながらおさめていく経験を積むことは大切。その経験がないと成長してから感情の手綱さばきができず、爆発してしまうことも。また、悲しくても、つらくても、SOSが出せない子になってしまう危険もあります」
表面はニコニコしていても、そんなふうに本音を隠して育つと、ちょっとしたストレスでも揺らいでしまう子になりかねないのだとか。
子どもの心の専門医を受診した”育てやすい子”のケース
渡辺先生がこれまで診察した子どもの中には、”育てやすい”と思われている陰で、不安定な心を抱えている子も。親から見ると「なんてことない」と思ってしまいがちなことも、子どもに大きな影を落とすこともあるようです。実際のケースをご紹介しましょう。
しっかり者に見えて、人を避けていたHちゃん
Hちゃんは何事もケロッとしていて、まわりの人には「しっかりしていていいわね」と言われる6歳児。でもよく見てみると、人の言葉に対して上の空であることがわかります。表向きは愛想よく返事をするのですが、そうやって人との深いかかわりを避けている面が見られました。
Hちゃんのママは活発で気さくな人ですが、思ったことをズケズケ相手に言う人で、言い方もきつく、大人は聞き流せても子どもには圧迫感があります。
Hちゃんは騒音のようなママの声から身を守るため、その声を避けるという行動を身につけたのです。でもその分だけママとの心の交流が減り、自分の心の不安や怒りをママに受け止めてもらえないまま成長してしまいました。
心の不安がおねしょを再発させたTくん
Tくんは6歳なのにまだおねしょがあるとママが心配して受診しました。3歳で一度おねしょがなくなったのに、再発したとのこと。ママは「Tはおねしょさえなければ本当に育てやすいいい子なんです」と訴えます。
一方、Tくんの様子を見ると、ママの前では緊張してくつろいでいないことがわかりました。「〇〇しなければ」という表現は相手を認めているようで、実は「条件をクリアしなければあなたはダメですよ」とつき放し、ありのままの姿の子どもを受け入れないということ。Tくんはそれを敏感に感じ、心の不安がおねしょを引き起こしたのでした。
甘えるのを我慢してきたRちゃん
2才下の弟がいる小学校1年生のRちゃん。「手のかからない子」だったのに、弟のゼンソクがよくなってきたらベタベタ甘えるようになって困る、とママが受診。
実は1才半のころママが、「〇〇ちゃん(近所の子)はいい子なのに、なんであなたは言うことが聞けないの!」と厳しくしかってから、ママに甘えることができなくなったという背景がありました。弟のゼンソクが落ち着いた今の時期、押し殺してきた甘えが出てきたと考えられます。
子どもとの信頼関係が築けるかがカギ
また、渡辺先生が診察した子どもの中には、思春期に問題行動があったこんな子どもたちもいたそうです。
親を信用できなかったD子さん
自殺未遂を起こしたティーンエイジャーのD子さんは、幼いころからママのことが信用できなかったといいます。ママは自分ではまったく気づかずに、子どもの信頼を裏切り、ほかのことにすりかえてしまうクセがありました。
たとえば自分が疲れていて子どもの相手をしたくないときに「あなた眠そう。もう寝なさい」とすりかえてしまったり。5人家族なのにケーキを4つしか買ってこなかったとき、「あなたはこういう甘いの嫌いだったよね」とD子さんにくれなかったり。
そういうことが繰り返されるうち、D子さんはママの言葉を理解できなくなったのです。
約束を守らない親に腹を立てたC子さん
思春期に家庭内暴力をふるっていたC子さん。小さいころから、両親がいつも自分の求めることに簡単に口約束して、でもその約束を守らないことにくやしさを感じてきました。大切なことに「そうだっけ?」ととぼける親の姿を見て育ったC子さんは、「ひどい!いつか仕返ししてやる」と思いながら育ったそうです。
思春期に問題行動を起こした”育てやすかったはずの子”に対し、得てして「どうして?いつ変わってしまったの?」と思いがちですが、こうしたケースを見ると「子どもは思春期にいきなり激変するわけではない」という渡辺先生の言葉がリアルに響きます。
「子どもは生まれたときから無意識のうちに3つのことを親に問い続けていて、しっかり答えてもらった子は親を信頼し、自分に自信を持ち、親をモデルに立派な大人に成長します。
しかし、納得する答えをもらえなかった子は親に失望し、よいモデルが見つからないままに不幸な場合には道を誤ってしまうのです」
では、この3つの問いとは何でしょうか?
●ママ、パパは私の存在のよりどころであってくれたか? ●ママ、パパは私という人間を認めてくれたか? ●ママ、パパは私がぶつかっていくに足りる、すばらしい人生の先輩であるか? 「子ども時代の総決算である思春期に、子どもはその最終的な答えを親に求めてきます。乳幼児のころから、親はこの問いに何らかの形で答えながら育児をすることになります。
子どもが納得できる答えを与えられるかどうかは、長い子育ての日々の中での親子のふれあいによります。思春期にいきなり与えられるものではないのです」(渡辺先生)
本音、甘え、自己主張を頭から否定しないで
このように、わが子が「育てにくい」、逆に「手がかからなすぎる」と思ったときは、親のかかわり方や考え方が影響している場合もあります。ときにはちょっと視点を変えて親子関係を振り返ってみることも必要。
また、子どもの心が順調に育っているかを知るためには、次のようなポイントを繰り返し見て、振り返って考えほしいと渡辺先生は言います。
①家庭で、特にママの前で安心して自分の本音を出せているか。泣きたいときに泣き、怒りたいときに怒り、そのあとはカラッと穏やかな心に戻れるかどうか。
②甘えたいとき、遠慮なくママに体ごと甘えてくるか。③自分の考え方や感性があり、ママが押しつけてイヤならばはっきり断り、やりたいことをできるか。また、失敗してもあまりこだわらずに気を取り直せるか。
①本音、②甘え、③自己主張に手をやくママもいるかもしれませんが、これらがバランスよく育つことはとても重要なのです。
親が手をかければ子どもは感謝する
「人間の子どもは、手がかかるからこそ高等な機能が発達します。子どもの言うことを理解しようとし、ていねいに手をかけるうちに、子どもは“わかってもらう感謝”を感じ、幼いころからやってあげた分だけやってくれるように。真心込めてかわいがられた子は1才半くらいで、思いやり深くなり、やさしさを示すようになります」(渡辺先生)
ただ、手をかけるといっても、子どもを自分の思う形にしようとする「手のかけ方」には要注意、子どもの芽をつんだり、枝を切り詰めたりして、子育てを“盆栽づくり”のようにするのはNG。
樹木が伸び伸び根を張り、自由に枝を伸ばせるよう、親は豊かな大地になってあげること。その子らしさを十分発揮できるための、“手のかけ方”が肝心です。
親子関係を振り返って、「子育てを間違えた」「手遅れ」などと考える必要はありません。繰り返し子どもを見つめ、そのつど直すべきところは直していけばいい。育児は相互作用。はじめはギクシャクしても、そうしてパパやママもだんだん育っていくのです。
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