「初めて子どものいない女性たちの本音を聞いたときは驚きと戸惑いのほうが大きく、すべてを受け止めきれませんでした」と語る、子どものいない女性を応援する「マダネ プロジェクト」主宰者・くどうみやこさん。
「子どもがいない思い」を閉じ込めた箱を開けるのはとても勇気がいることです。ふれられたくなかった感情や、本人さえ気づかなかった感情があふれ出します。
女性たちそれぞれのリアルな人生ストーリーを、くどうみやこさんの著書『誰も教えてくれなかった子どものいない女性の生き方』より抜粋して紹介します。
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約5年間の不妊治療をやめることを決め…
●K・Rさん(41歳・既婚・専業主婦)のケース
K・Rさんの歩み
小柄でおとなしい印象のKさんですが、お話を伺うと、芯のしっかりした女性。落ち込んで引きこもっていた時期から脱却し、子どものいない人生を夫婦で向き合って送る姿に心を打たれます。
【主な出来事】
28歳のときに1つ年上の夫と出会い、30歳で結婚。32歳のときに病院を訪れ、不妊治療を開始。5年治療するが授からず、夫婦で話し合って不妊治療を終結。39歳のときにバイク事故で入院。リハビリ中に「子どものいない女性の会」に参加して視野が広がる。現在は夫婦でバイクツーリングを楽しんでいる。
「子どもをあきらめたあとのほうがつらかったです」
30歳のときに1つ上の夫と結婚して、32歳から病院に通い始めました。タイミング法から始め、人工授精を5回、体外受精を2回しましたが、一度も妊娠反応はなく…。夫婦共に検査をしましたが、原因不明の不妊でした。体外受精を始めたときから注射や薬などの副作用で体調をくずし、ずっと頭痛が続いていました。
その頃から、いい結果が出ないので気持ちは沈みがちでしたね。凍結した受精卵を使いきり、お金の問題もあったので、夫婦で話し合って約5年続けた不妊治療をやめることにしました。
病院に行かなくなってから半年くらいは家に引きこもっていました。結婚して北海道から神奈川に引っ越してきたので周りに知り合いがいなくて、仕事もしていなかったので、余計に一人で考え込んでしまって。子どもがいないなら、これからどうしよう、何かをしなきゃと、すごく焦っていました。自分の存在意義がないんじゃないかと思うようになり、どんどん気持ちが病んできて、心療内科に行こうかなと考えたりもしていました。
だけど、悩んでばかりいる状況にもだんだん疲れてきて。泣いたりするのも結構体力がいるじゃないですか。すでに双方の両親には子どもをあきらめたことは話していましたが、夫の実家に行こうと私から提案しました。
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