プロゴルファーにはドーピング検査があるので、薬を飲む時は1つ1つ確認しないといけないし、使ってはいけない薬もありました。その一つが排卵誘発剤。だから、私は人工授精では何も薬を使うことができなかったんです。薬の問い合わせ専用の電話があったので、新しい薬を使うたびに、確認しながら服用しなければなりませんでした。
タイミング法と人工授精を1年以上続けても妊娠せず、そのあたりから自分でも少しずつ勉強を始めていったように記憶しています。
その頃私は35歳、夫が56歳だったんですが、そのくらいの年齢だったら、体外受精をしたほうがいいんじゃないかと気付いて。体外受精とか顕微授精とか、どんな治療なのかまだ全然わかっていなかったんですけどね(笑)。
そのときに通っていたのは婦人科健診を受けた病院で、そこでは体外受精ができませんでした。先生も「そろそろ体外受精へ…」っておっしゃっていたので、病院に紹介していただいた、体外受精ができるクリニックへ転院することにしたんです。
――ブログでTGP(Trying to Get Pregnant=妊娠しようと頑張っている)という言葉を使って、治療をしていることをオープンにされたのも、この頃でした。

不妊治療の「不」がつかない言葉ならなんでもよかったんですよ。
「不妊治療」って「あなたは妊娠できませんよ、さぁどうしましょうか」って言われているみたいですよね。自分が発する言葉は自分が一番聞いていると思うので、「不妊治療」っていう言葉を使うたびに、自分自身に対して「あなたは妊娠できません」って言っているような気がして、いやだったんです。
だから私は別の言葉を使うようにしていました。
体外受精のために転院。でもまたすぐに転院!
――2011年35歳のときに、体外受精をするために転院されました。
初めての体外受精では、卵は8個とれて6個受精、1個は胚盤胞になりました。その胚盤胞を戻したんですが、妊娠はしませんでした。実はこのときの治療、私には負担が大きかったんです。
たとえば、採卵のとき麻酔をしますよね。これが本当につらくて、採卵後は2日くらいうずくまって寝込んでいたほどでした。たまたま合わなかったんだと思うんですが…。
排卵誘発では、おなかが張って重くなってしまったり、病院でおしりに注射してもらったんですが、そこがすごくかゆくなってしまったり。だからその頃はずっとおしりをかいていました(笑)。
――体外受精を1回した後、またすぐ転院されたんですね。

その頃、ブログで告知をして、妊活中の方を集めてお茶会をしていました。私のスケジュールに左右されてしまう、気まぐれなお茶会でしたが(笑)。
そこで、「今、採卵してきたんです」っていう方がいらっしゃったんです。話を聞いてみたら、私の採卵方法と全然違っていて。採卵のときに麻酔を使わないし、排卵誘発剤も使わない自然周期の方法でした。
そのとき初めて体外受精の治療法にもいろいろあるんだなと知ったし、私にはこっちの方法があっているのかもしれないと感じ始めました。
あと、これはあくまで私の勝手な感覚なんですが、薬を使うと、薬が体から抜けるのに時間がかかるんじゃないかなと思っていて。だったら、自然周期の方法にトライしてから、薬を使う方法を試したほうがいいのかなと思いました。
それで、すぐに転院することにしたんです。
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――自然周期の体外受精はいかがでしたか?
私にはすごくラクでしたね。365日開いている病院だったので、自分のスケジュールに合わせて行けるのもよかったです。
でも、ここでもなかなかうまくいきませんでした。ほぼ毎月のように採卵していましたが、採卵をしても空砲だったり、採卵できても受精しなかったり。胚盤胞まで育たなかったことも何回もあります。
頑張って採卵してるのにダメだと、もちろん落ち込むんですけど、しょうがないなって、切り替えていました。あと、旅行の計画をしたらそちらを優先すると決めていました。絶対に治療は続ける、採卵も続けるという気持ちはありましたが、年末は旅行することを決めていたので、採卵も移植もやりませんでしたね。治療のスケジュールを優先すると、何もできなくなっちゃうので。
――2012年3月。7回目の採卵、3回目の移植で妊娠されました。
病院での妊娠判定の前日に、友達と格闘技を見に行く予定があって、格闘技でおもいっきり騒げるかどうかを調べるために前日に家で検査したんです。朝に検査薬を試したんですが何も線はでませんでした。「あーダメだったか」と思いブログにはその写真を載せて、その検査薬を捨てて出かけました。




