理汰郎を妊娠したときよりも、確実に年はとっているわけで、タイミング法は全く考えませんでした。それに病院に行ったものの、すぐに治療を始められるわけではなかったんです。
風疹の抗体が減っているから、予防接種をし直したり、甲状腺の数値も悪くなっていて薬を飲まなければならなかったり…。病院へ行き始めてから、半年くらいは本格的な治療はできませんでした。
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――2人目の妊活は、1人目のときとは違いましたか?
1人目のときは、家でお灸をしたりして自分の体づくりができましたが、2人目妊活は子育てが忙しくて、自分の体づくりは何もできなかったですね。子連れで病院へは行けなかったので、病院に通うスケジュールをやりくりするのだけでやっと、という感じでした。
2人目の治療でも、卵がとれなかったり、胚盤胞まで育たなかったりっていうのは同じです。そもそも、2人目の治療を始めたときから、スムーズに妊娠できるとは思っていませんでした。
高度生殖医療をしているんだから妊娠できるんじゃないかという期待は、1人目よりもずいぶん低かったと思います。そうだよね、うまくいくわけないよねって(笑)。
――この頃、化学流産を経験されたそうですね。落ち込むことはなかったですか?
※化学流産:受精したが着床しなかったか、着床してすぐに成長が止まり、妊娠に至らなかった状態のこと
着床してやった!うれしい!って思ったんですが、でも流産で…。2カ月くらいは間をあけなきゃといけないと言われて、そのショックのほうが大きかったです。
だって、年齢があがるほど妊娠する確率は下がってきますから。治療を早く進めたいと思っているときに、2カ月間、足ぶみっていうのはすごく長く感じました。
ただ、自分なりに落ち込んでいたのかなとも思います。ちょうど11月の紅葉シーズンだったんですけど、ふらっと京都へ行って、ふらっと帰ってきたことがありました。きっと気分転換したかったんでしょうね。理汰郎は2歳くらいで、子どもを連れて京都に行くなんて、大変な時期だったんですけど。
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――落ち込んで、誰かにあたるということはなかったんですか?

それはないですね。




