格闘技を応援した後に、ブログを見てみると、「線がうっすら見えます」っていうコメントがたくさん届いていて。
「どういうことなんだろう?」と思い、帰ってゴミ箱に捨てていた検査薬をみたら、線がでていたんです。妊娠検査薬って線はでないものだと思っていたので(笑)、ちゃんと線は出るんだ!っていう驚きがありました(笑)。
第1子妊娠のこと
――第1子の妊活中、なかなかうまくいかないときでも、心が折れなかったのはなぜですか?

心が折れずに治療を続けられたのは、そのときに対して全力を注げていたからじゃないかな。
ゴルフでも何でもそうなんですが、全力を注がずにダメだったら、悔いが残ると思うんですけど、それに全力を注いでダメだったのなら、もうしょうがないじゃないですか。
だからダメだったときは、「妊活のために今できていないことって何だろう?」「何をやっていないかな?」というように、次に何をするべきか考えていました。ゴルフをやっていたときからのクセとか習慣みたいなものかもしれませんね。ゴルフも、練習しても結果が出ないときは出ませんから。
――何歳まで続けようとか、あと何回移植をするまで続けようとかは、考えていましたか?
私はゴールを決めないタイプなんです。
続けているうちに、お金か、体か、精神的なものか、どれかが根をあげるだろう、それが終わりだなと思っていました。遺伝子的には、夫にはすみれちゃんと(いしだ)壱成くんがいたし、私は一人っ子だけど、私が両親に「(残せなくて)ごめんね」って言えばいいかなって思っていました。
第1子妊娠中に受けたクアトロ検査について
――第1子妊娠中にはクアトロ検査を受けたそうですが。
※クアトロ検査:妊婦さんから採血し、胎児がダウン症候群、18トリソミー、開放性神経管奇形である確率を算出する検査
お医者さんからクアトロ検査の説明があったんですね。でも私、妊娠中のつわりがかなりひどくて、常に意識がもうろうとしているような感じだったんです。
そんな状態だったので、説明を聞いたものの、よく考えずに「はい、やります」ってお返事していて。妊婦さん全員が受ける検査の一つだと思って受けたんですよね。
――検査結果は、陽性。そのときはどう感じましたか?

80分の1の可能性があると言われましたが、羊水検査はしなかったです。周囲の人からは「一応検査して、知っておいたほうがいいんじゃないの?」と言われましたが、羊水検査をすると0.3%くらいの確率で流産する可能性があると聞き、それは絶対に嫌だったので。
家族とも話し合いましたが、もしダウン症であったりということがわかったとしても、堕胎するという選択肢は絶対にない。だったら、羊水検査はしなくてもいいでしょって。
家族は、私が頑固で、言いだしたら人の意見は聞かないことを知っているので、周りが引き下がるしかないですよね(笑)。その頃はまだ胎動もなくて、ただひどいつわりだけがある時期。でも、このことをきっかけに、「自分の中には新しい命があって、私がこの命を守っていくんだな」と感じることができました。
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37歳で無事出産
和痛分娩だったんですが、子宮口は開かない、頚管長は長いままという、“なかなか生まれません”っていうタイプで(笑)。産んだ時は普通の倍くらい出血したそうです。そしてその後に気持ち悪くなり、気を失って2~3時間寝ていました。なかなか大変なお産でしたね。
第2子の妊活と化学流産
――39歳のときに、2人目の妊活を宣言されました。いつ頃から考えられていたんですか?
理汰郎が育っていく姿がかわいくて、次第に「もう1人欲しいな」と思うようになっていきました。
授乳を2年弱くらい続けていたんですが、その間、生理はなかったので、まずは断乳して。病院に聞くと、断乳して2回生理がきてから来てくださいと言われましたね。

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――2人目はとりあえずタイミングで試してみよう、とは考えませんでしたか?
なんの迷いもなく、体外受精からスタートしました。




