気象予報士・アナウンサーとして多忙な日々を送る坐間妙子さん。第1子となる長女の出産後、二人目妊活の再開するきっかけになったのは、夫の海外転勤の話だったと言います。
「凍結保存している胚もあるし、きっとスムーズに妊娠できる」そんな思いとは裏腹に立ちはだかったのが、年齢の壁。二度の流産や、治療が進められない「空白の時間」とどう向き合ってきたのか。二人目妊活のリアルな経験を語っていただきました。
前編インタビューから読む>>30代後半からの不妊治療。トリオ検査と2個胚移植を経験して母に〈アナウンサー・坐間妙子さんの妊活〉
二人目妊活の背中を押した「夫の海外転勤」の衝撃
二人目妊活を始めたのは、長女が1歳半のころ。私は38歳になっていました。2人目を望むなら、のんびりしていられる年齢ではありません。ただ、初めての子育てと仕事に追われるなかで、妊活再開の時期を決めきれずにいたのも正直なところでした。
そんなとき、降って湧いたように夫の海外転勤の話が持ち上がったのです。その話を聞いた瞬間、頭に浮かんだのが「2人目!」というキーワード。
「もし海外に行くことになったら、妊活はどうなる?」
「今のうちに始めないと!」
慌てて長女の妊活でお世話になった不妊治療専門クリニックに予約をとりました。
結局、夫の海外転勤はなくなったのですが、このとき背中を押されるように妊活を再開できてよかった!1人目を授かることができて、「なんとかなる」とどこか楽観的でいた私にとって、この降って湧いたニュースが、再び妊活に向けてエンジンをかける強力なスイッチになったのは間違いありません。
スムーズに進むと信じていた二人目妊活
年齢を気にしながらも、どこか気持ちがゆったりしていたのは、第1子の妊活の際に凍結保存胚が残っていたことも大きかったと思います。
初めての採卵で凍結したもので、胚盤胞と、初期胚がひとつ。胚盤胞はグレードとしては高い評価ではなかったため、当時は凍結保存したまま次の採卵へと進んでいました。一時は破棄することも考えましたが、「グレードは高くないとはいえ、35歳のときの卵だから可能性はある」という医師の言葉もあって、ずっと残していたのです。
「38歳の今の卵よりも、グレードは低くても35歳のときの卵のほうが妊娠率は高いかもしれない」
「残っている受精卵は2つある。きっとどちらかで妊娠できるはず」
そんな期待もあり、二人目妊活はきっとスムーズに進むはずだと希望を持っていました。
ところが、久しぶりに訪れたクリニックでは、「のんびりしている場合じゃなかった」と焦る現実に向き合うことに。1人目の治療から3年ほどしか経っていないにも関わらず、AMH値(※)がガクッと下がっていたのです。4.0から0.8という急激な数値の変化に、年齢を感じてヒヤッとしたことは忘れられません。
(※)AMH(アンチ・ミューラリアン・ホルモン)は卵巣に残っている卵子の推定数で、数値が低いことは不妊原因にはならないといわれています。
それでも「私には35歳のときの受精卵がある」と切り替えて移植に臨みましたが、最初に移植した胚盤胞も、次に移植した初期胚も、どちらも着床にはいたりませんでした。「残っていたお守り」は、結果に結びつくことはなかったのです。
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