152cmの体で実感した、人体の神秘
妊娠判定の日、モニターにはふたつの小さな袋が映っていました。急遽、代役としての移植が決まった、グレード「4BC」の受精卵も、力強く根付いてくれていたのです。
もし、35歳のときの受精卵が変性するというアクシデントがなかったら、4BCはきっとまだ凍結保存されたままだったと思います。年齢的にも次の妊活は考えていなかったので、いずれは破棄する決断をしていたはずです。
そう考えると、「奇跡」という言葉は簡単に使いたくないと思いながらも、何か不思議な巡り合わせのようなものを感じずにはいられません。
もちろん、手放しで喜んでばかりはいられません。二度の流産もあったので、まず妊娠が無事継続できるか不安がつきなくて、ようやく少しほっとできたのが、胎動が感じられるようになったときでしょうか。双子は順調にすくすく育ってくれて、おかげで管理入院もすることなく、34週まで仕事を続けることもできました。

双子の胎嚢を確認できても、まだまだ油断はできませんでした。
身長152cmと小柄な私の体でどこまで耐えられるかと案じていましたが、まったく大丈夫でしたね。人体の神秘!計画出産前日も、長女を保育園に送ってから入院したほどです(笑)。
流産をともに乗り越えた医師への想い
妊娠期間中、私の心を強く支えてくれたのが、産院の先生の存在です。二度の流産手術は同じ先生が担当してくださいました。
流産手術の際は、私の仕事を理解したうえで最善の日程を組んでくれて、ゆっくり話も聞いてくださいました。私のなかでは「2回も流産手術をさせてしまった」という申し訳なさがずっと残っていて、だからこそ「今度こそ赤ちゃんを取り上げてもらいたい」という気持ちが、日々の支えでもあったんです。
2025年10月、私は無事に、男女の双子を出産しました。ふたりとも2,500gを超えて、元気な産声をあげてくれました。
信頼する先生に、最高の形で妊活の旅路の区切りをつけていただいたと感じています。
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