「どうして? って、こっちが訊くのはおかしいか?」
「どうして、何?」
「どうして、こんな奴に戻って欲しいって言う?」
「理由なんて一つしかないよ。まだ家族でいたいからだよ。隆也と理玖と私で、家族だったはず。私には、たった一つの家族」
会ったら訊いてやると思っていたことが山ほどあったはずなのに、もうどうでも良いように思えてきた。
「まあ、食べなよ」
彼はそう言って、トングを用い、私の方の皿にもう一枚、焼きたての肉を落とす。
「今は、食べられない」
「食事したの?」
「違うよ。何か食べたりしたら、母乳が溢れてきちゃうの。知らないでしょ、そういうこと」
小さく頷きながら、
「そうか、理玖はまだ母乳なんだな」
と、はじめて理玖の名を口にした。
「でもね、理玖はもう、つかまり立ちもするし、言葉だって使いはじめた。にんじんが好きで、手で掴んで、口に運ぶよ」
「だいぶ重くなったんだろうな」
私は何度も頷いた。胸に理玖のしっとりした温もりと重みを思い出した。
「今は、誰が面倒を見てるの?」
ようやく、まともな質問もしてくれたような気がした。
「友人が預かってくれてる。彼女が働く先の保育所で」
「そうか、美夏に、そんな友人ができたんだね」
「莉子さんって言うの。公園で出会った人。重病のお嬢さんの看病しながら、働いてる。彼女から編み物を教わってる。これ、指人形」
ポケットから、自分で編んだ出来損ないのパペットを慌てて取り出す。頭の上に、お花をつけたパペット。それが精一杯。
「だよな。お袋じゃ、子守りは無理だろうからね。あの人は、子どもなんて、見られる女じゃないからさ。自分にだって子どもの頃があったってことも、年寄りすぎてもう忘れてるんじゃないか」
そう言って、彼は太々(ふてぶて)しく、背中を椅子の背に預けた。
その発言に、なぜか苛立ちを感じた。
「でも隆也はそんなお義母さんに、私たちを押し付けたんでしょ?」
「へえ、あの人、引き受けたんだ」
半信半疑だったということか、と改めて驚かされる。
「困ってると思うよ。お義母さんは、今も俳句サークルに活発に通ってるし」
「俳句ね、何をそんなに表現したいことがあるんだろうな、あの人に」
彼は、決して皮肉屋ではなかったはずだ。馬術部が子どもたちを招いて、乗馬体験会をしたとき、子どもや保護者に皮肉を言う仲間たちが少なくなかった。
「どうせ、受験のためでしょ」とか、
「カウボーイハットはやり過ぎでしょう。独特に必死だね」とか。
隆也は、黙って、子どもたちを楽しませていた。馬の表情に呼応するように、子どもたちの笑顔にも、彼の笑顔は、自然と呼応していた。
卒業生同期の中で、母校の一貫校の初等部の教諭になったのは、彼くらいだった。馬や、小さな子どもたちが好きな人なのだと勝手に決めつけていた。だから、教諭を辞めてからだって、生まれたばかりの子を置いていなくなるだなんて、考えられなかった。

「私が、嫌になったんだよね?」
やはり、訊いてしまった。その質問をするにはあまりにふさわしい、なりふりの構わなさで来てしまったとも、今さら自分の身を省みる。
返事がない。
「でもね、理玖のせいだとは言わないでほしいんだ。そんなことだけは言わないでほしい。障がいがあるのは変わらないよ。でも、毎朝ちゃんと起きて、よく笑って、一日一日、しっかり育ってる。彼を守っていけるのは、私たちだけ。一人で生きていけるように導くのも、私たちの役目。同じ障がいを持つ子どもたちの親御さん方と、時期を見て会っていこうと思ってる。早くすべきだったけど、気持ちが定まらなかった。隆也のせいだって言っても許されるよね?」
なお沈黙が流れ、そんな二人の間で、ちりちりに肉が焦げていった。




