妊娠・出産, 赤ちゃん・育児, ママパパの生活

うさぎの耳〈第十一話〉防風林のパペット|谷村志穂

うさぎの耳〈第十一話〉防風林のパペット|谷村志穂

 じゃがポックルという菓子を手提げいっぱい買い、帰路についた。

 飛行機の羽田への整備が遅れ、莉子とゆっくり話す時間はなくて、ひどいがそれが今はまだ、救いにも思えた。

 玄関先で、両手をこちらに広げて、理玖はぐずりながら、体を預けてくる。

「なんだよ、さっきまでいい子にしてたのに。ママが来たら、もう泣きべそかよぉ」

 莉子が、愛情を込めてからかう。

「里歩ちゃんの面会時間、間に合う? ごめんなさい、ぎりぎりになっちゃったね」

「もう、行く。本当はあなたの話をゆっくり聞きたかったけど」

「迷惑ばかりかけて、ごめんなさい」

 謝られたって、莉子は困るはずだった。遅れたことを謝っているというよりも、話そうという気にはなれないでいる自分を詫びている。

「そうだ、これ、なんか帰りに、買っちゃってた」

と、じゃがポックルをひと箱手渡す。

「普通の旅行みたいで、いいね。でもあのお義母さんには、ちょっとどうかな」

「確かに、嫌味を言うだろうな」

莉子に聞いてほしいことがあるとするなら、隆也が、辛辣に母親を批判した時に、なぜか自分の方が嫌な気持ちになったという、不思議な感覚についてだった。じゃがポックルへの嫌味は、想像したところでお笑い草としても。

「じゃあね。ここで理玖くんにおっぱいあげてから帰ったらいいよ。君、お待ちかねだもんね」

と、理玖の丸いおでこを撫でる。

「で、これが鍵」

と、キーホルダーのついた鍵をぶらぶらさせる。キーホルダーも、素敵なパペット、頭にかぶったカウボーイ・ハットの中に、鈴が入っていて、それが鳴る。

「新聞受けに入れておいて。私、もう一つスペアがあるから」

 莉子は、玄関先にすでに二つのバッグを用意してあった、理玖用のリュックはそのままに、自分用のボンダイ染めのショルダーバッグを肩からかける。いつもそこには、毛糸や編み針やミルクティーのポットが入っているはずだ。今日は、ジップアップのジャンパーにくるぶしまでのスカート、短いブーツに足を入れながら、

「話したくなったら、いつでも言って。待ってるから。ねー、いい子だったね」

 と、言って、理玖の顎を両手でもちもちっと掴んだ。

 待ってる、そう言ってくれた莉子の何気ないひと言が、今は胸に染みた。待ってる、は、ただ控えているよ、という意味ではなく、少なくとも、互いの関係には先があるよ、という約束だ。きっと? 必ず? 待ってる、つもりだよ、と。

「行ってらっしゃい。私にもまた里歩ちゃんの話、聞かせてね」

 頭を下げて、出かける莉子を見送る。

 それは、待ってる。必ず。

 ただこれからも、私は、夫を待つのだろうか。

 生きていて、元気そうな夫、ずっと待っていた夫、果たして私はこれからも待っている、と、彼に口にしたろうか。

 きっと? 必ず? 

 どっち? 

 隆也からの手紙が届いた、と義母から連絡がきたのは、約半年後のことだった。

 連絡が来た、そう、理玖と私はあの家を出て二人で暮らし始めていた。

 

▶次の話 うさぎの耳〈第一話〉緑色のパペット|谷村志穂

谷村 志穂 作家

北海道札幌市生まれ。北海道大学農学部卒業。出版社勤務を経て1990年に発表した『結婚しないかもしれない症候群』がベストセラーに。03年長編小説『海猫』で島清恋愛文学賞受賞。『余命』『いそぶえ』『大沼ワルツ』『半逆光』などの多くの作品がある。映像化された作品も多い。

編集部ピックアップ

  • 「体にいいこと」が、いつの間にか負担になっていた!?【妊活女子のリアル座談会】

    PR 「体にいいこと」が、いつの間にか負担になっていた!?【妊活女子のリアル座談会】

  • 妊娠できる?妊活の不安は“知る”ことで軽くなる。専門医に聞く「膣内フローラ」と妊娠の関係

    PR 妊娠できる?妊活の不安は“知る”ことで軽くなる。専門医に聞く「膣内フローラ」と妊娠の関係

  • 0歳から使える「こどもNISA」って何?毎月いくら必要?ママ・パパが気になる疑問に答えます!

    PR 0歳から使える「こどもNISA」って何?毎月いくら必要?ママ・パパが気になる疑問に答えます!

  • ママ友・パパ友とマッチング。子育て中でも、新しいつながりを見つけたい!

    PR ママ友・パパ友とマッチング。子育て中でも、新しいつながりを見つけたい!

  • 「第二子がなかなか授からない」年齢のせい?【2人目不妊】についてドクターが解説。体験談も参考に

    PR 「第二子がなかなか授からない」年齢のせい?【2人目不妊】についてドクターが解説。体験談も参考に

  • 「機械任せじゃない。」品質を支える門司工場のものづくり。赤ちゃんの肌に寄り添う〈アトピタ〉ができるまで

    「機械任せじゃない。」品質を支える門司工場のものづくり。赤ちゃんの肌に寄り添う〈アトピタ〉ができるまで

  • 子どものことも大切。「私の話」もしたい。子育て中に考える、新しいつながり方

    PR 子どものことも大切。「私の話」もしたい。子育て中に考える、新しいつながり方